誤魔化しの効かない大人の存在って大事だ。【塾長の日常】

子供の頃、私は大人の顔色をよく伺っていました。
大人はよく機嫌が悪くなるし、言うことを聞かせる腕力を持っているので、逆らったら生きていけません。
少なくともメンタル的にはそのレベルで、大人の顔色を捉えていたと思います。

今でもそれは発揮されることがあって、相手がどう思っているかを表情や仕草から読み取ろうとしています。
別に読み取れているかのチェックはしていないので、当たっているかはわかりませんが。

学習塾をやっていると、生徒に「表情を読まれているな」って瞬間がたくさんあります。

もっと言えば、私たちが思っている以上に子供は大人の表情からいろんな情報を読み取ります。

今はしっかりしないといけない時だ
遊んでもいい時だ
ふざけてもいいかもしれない
真剣に聞かないと

そしてその感覚が鋭い子ほど、大人にすごく気を使います。

学校や塾の先生の中にはこういう子供を認識できず、子供に気を使わせて、それに気がつかないでいる人が結構いるように思います。

子供にとって「大人」「先生」という立場がどれだけ高圧的なものかを自覚しなければ、むき出しのナイフを不用意に振り回していることになりかねません。

子供が大人の言動にどれだけ消耗しているかを認識する必要があります。

先生がこのようなメタ認知を欠く場合、往々にしていわゆる良い先生で終わってしまうことが多いように思います。
ただの「良い先生」は自分自身をメタ認知できていないため、生徒から表情を読み取られ放題です。
その結果、先生のして欲しいことを子供が用意するようになります
「扱いやすい先生」として、子供にあしらわれてしまうことになります。

これではどちらが大人か分かりません。

少なくとも私は子供にあしらわれるような先生では嫌だなと思います。
「誤魔化されない先生」として、ある意味子供の壁になるような存在でありたいです。

「わーすごい」とか「偉いねー」なんていう言葉も、本当にそう思った時だけ言いたいし、子供に気に入られるために四苦八苦するようなことはしたくないです。

あと、子供の前で先生を演じるのも嫌です。
これは色々な意見があると思いますが、単純にめんどくさいし、生徒はそんなの見破ります。
「先生VS生徒」ではなく「人間VS人間」で接しないと伝わらないことって多いような気がするんですよね。

真の意味で尊敬される先生は見せかけの先生像ではなく真の意味で人間として尊敬できるんだと思います。

私もそうなれるように、講師業だけでなくいろいろな仕事をして経験値を蓄えていきます。

新年度はもっと誤魔化しの効かない先生として、自分を鍛えていこと思います。

ではまた!